コミュの仕立て屋さん ~表現のお直し 承ります~

「ナイス表現!」とかを拾っていったり考えたりするブログ

座右の銘:「清濁 併せ呑まない」を「忍びの国」を見て考えた

「忍びの国」の画像検索結果

 

伊勢谷友介さんが強烈に好きでTwitterを覗いてみたら「座右の銘⇒挫折禁止」とあり、生き様のかっこよさから外面のカッコよさにつながってることを知った「忍びの国」を見て。

www.shinobinokuni.jp

 

「世界一難しい恋」の時の大野君はちょっと頑張ってる感が出てたけど、今回の方に脱力系忍者の役は普段の大野君の延長で出来そうな役でキャスティングで安心できる内容でした。

 

 

 

 

さて、伊勢谷友介の顔と座右の銘がかっこよすぎるので、なにかこう、わたしも座右の銘を考えてみたところ、これがまあ難しい。

 

 

 

で、出た答えが「清濁 併せ呑まない」でした。

 

 

 

…苦労の仕方も2種類あると思っていて、一つは呑む度に「よし、呑むぞ!」と決意して腹に取り込むこと。

 

 

もう一つ、そんなに苦い思いをその都度するくらいなら清濁を分離させる装置を頑張って作って、何度でも美味しく頂けるようになりたい、という考え方。

 

 

 

わたしは断然後者の考え方が好きです。

前者と付き合う方法は「慣れる」「この苦さがたまらん!」のように好きになるしかありません。しかし後者は、どこで努力するかを見極めることで必要以上の苦労を回避することができる。なにより後者は自分だけではなく、みんなに清らかな飲み物を分け与えることが出来る、と言う価値が根本にあります。

 

 

 

仕事とは、まさにそんな考え方が大切なのではないでしょうか。

実は「忍びの国」の内容も少しそんな感じ。大野君が属する伊賀の国の忍者たちはお金を積まれて仕事を働くことに迷いがありません。金をもらえないなら自分たちの国が滅んでも良い。どうせ国が無くなってもどこかで生きていけるし、というスタンスの忍者がほとんど。

 

 

ラストシーンは現代の風刺が入っていて、実は社会性のあるメッセージを投げかけていました。そういえば伊勢谷さんて私塾を立ち上げて未来の日本を良くするプロジェクトを実行されていますが、ご自身のやりたいことと一致して出演されたのかな?

 

 

あ、映画は全体的にコメディ調になっていて見やすいのでご安心!

 

 

今日も清濁併せ呑まないための苦労をしていきます!

話盛りの君たちへ ~高校生のうちに高めてほしい言葉力とは~

本屋で買ったある本を読んだ。

帯に書いてあった「こんな共感する本ない!!」

ああ、まさしくその通り。私の感情をぴたりと言い表している。

いいなあ、人にこんなに共感してもらえる本書けたら…。

よし、書いてみるか。

 

 

自分の気持ちを赤裸々に語ったら、絶対同じ気持ちの人はいるはず。

うん、思ったより簡単そうだな。

 

 

という短絡思考で小説でも、と書き出してみる。

大雑把なストーリーを考えて、キャラクターを設定して…。

あとは登場人物に喋ってもらえばいいか。

よし、行ってみましょう本編!

 

 

……んんん。難しい。

書き出しわずか数ページ未満で手は止まってしまった。

 

 

まず冒頭数行でいきなり頭を抱えた。

どうも不自然。描写が気に食わない。

言葉をマイナーチェンジする。順番を変えてみる。

全部消して新しい導入を考える。また悩む。

 

 

上手く書き進んできたと思って、いざ心情描写を書いてみようとする。

いや、これじゃ上手く伝わらない。

言いたいニュアンスが言い表せてない。

こんなニセモノっぽいセリフは喋らない。

こんなんじゃ共感は愚か、何を表したいのかすら理解してもらえない。

 

 

んんん。想像以上に難しい。

どうするか。うん、やめよう。私には向いてなかったんだ。やめよやめよ…。

 

 

 

 

 

…というような過程をおよそ5回は繰り返しました。

そのたびに私は世の作家先生たちの偉大さを思い知ったのです。

1冊書き上げるってすごいことだ…。

 

こんなに頭にはイメージがあるのに。書きたいことは明確にあるのに。

言葉にするってなんて難しいんだろう。

 

誰しもこんな経験は身に覚えがあるのではないかと思うんです。

何も文章に文字化することに限らず。

「自分の内にあるものを、言葉にするのって難しい」という経験が。

 

自分の中にあるときは割とはっきり形を持つものなのに、

人に伝えようとしたときの伝わらなさ。

語りで伝えようとするときでも、比喩や擬音、経験談を駆使して、時には手振りや口調で演出してやっと、「あー、何となくわかったかも」。こんなもどかしい経験はないですか??

 

 

 

と、高校生のみなさんに問いかけてみると想定したとき、 「待てよ、『そんな経験、ないよ?』って言われる可能性は大いにあるぞ…」と。思い返せば高校生ライフって…。

 

「なんか、こうさ、そーゆーの見ちゃったときの『うわ~~』ってなるこの感じ。しんどってなるよね」

 

「あ~、めっちゃ分かるわそれ。辛いよなあ」

 

文字にしちゃうと、なんだこれは、という感じなんですが、

これって普通に毎日してる会話内容ですよね。

冷静に見てみたら、なんでそんな会話で伝わってるんだ、と不思議ですね…。

 

 

一見、こんな言葉遣いでも伝わってるように聞こえるし、共感を得られている風ですよね。

 

でも、私的に言えばこれは「自動的共感」といえる反応。

高校生なんだから、おかれている状況とか背景とかにそんな大差があるわけじゃないし、たいていの友達は同種の子たち。お互いそれを理解したうえでの会話。となれば、自分が経験したことがある似たような記憶を思い返し、私はたしかあんな気持ちだったな、この子も同じだろう、うんうんわかる。と合わせることなんて簡単。

 

 

その子の気持ちが伝わって、心から共感したとは思えない。

 

友情なんて冷たいもんなのよ、なんて悲しいことが言いたいわけじゃなくて、

これじゃ「生の感情」は伝わってないよってこと。

毎日のちょっとした会話なんてこれくらい軽くていいとは思うんだけど、

でもいつまでもこんな言葉遣いをしているわけにはいかないです。

 

 

私は言葉とか脳の専門家ではないから何とも細かいことは言えないんだけれども、

「言葉力は毎日使わなければ劣化する」ということは身をもって知ってます。

ちなみに言葉力、なるものは私の造語で、要は自分の持っている言葉で適切な表現がで

きる能力のこと。

だから語彙力、とはちょっと違います。

自分の言葉で伝えること、に重点を置いているというのがポイント。

 

劣化についての例として、やばい、という言葉を挙げてみます。

大人も子供も幅広く広まっている印象があり、良い意味にも悪い意味にも使える大変便利な言葉。特に大学生なら、「あそこの大学は研究の設備がやばくて、やばいくらい行きたいんだけど、倍率が結構やばくて、私英語の出来なさがそろそろやばいから勉強しよ」これ聞いても普通に何言ってるか分かっちゃうんですよね。

 

 

友達との会話なら全然いいけど、

これをこのまま先生に伝えたら…それは、本当に「やばい」。

 

 

じゃあ咄嗟にちゃんとした言葉を引っ張り出して、適切な応答ができるか!

と言われると、意外に難しくないですか?

 

 

言葉力は一朝一夕では伸びません。

勉強すれば増える語彙力とは違う。

毎日の「訓練」の積み重ねがないと、すらすら言葉は出てこないもんです。

 

 

でも訓練って何をしたらいいんだろう?

残念ながら私には画期的な方法というのが分からないんです。

 

 

ただ一つ有効だと思うのは、自分となるべく違う人と話すこと。それは、

大人と子供。

男性と女性。

社会人と学生。

既婚者と未婚者。

長男と末っ子。

先生と生徒。  

 

例えば毎日会社で働いているお父さんと、部活に勤しむ女子高生。

いくら血が繋がっているとはいえ、その共通項は家族というだけに過ぎない。

一緒に住んでても、びっくりするくらい生活がかぶらないってことはあるあるな話。

 

 

そんな二人が何かを伝え合おうとしたとき。

きっと1回の言葉のやり取りでは言いたいことの半分も伝わりません。

先ほどの女子高生同士のやり取りのような「自動的共感」は絶対に作動しない。

言葉遣いも生きてる世界の常識も違いすぎるから。

 

ああ、この表現ではこの人には伝わらないのか、と思ったとき。

ここで仕方ない、と言って投げ出さないで、自分の言葉で伝える意識を持つこと。

例えば、もう少しオノマトペ的に表現してみようか、古めの言葉を使った方が感覚は伝わるかもしれない、幼稚園生に説明するぐらいの気持ちで嚙み砕いてみようか。

といった感じ。

 

 

でも意識を持て、と言われてもなかなか難しい。

だから深く考えずに実践しまくればいいと思うんです。

少しでも自分の言葉で話せる機会を増やした方がいい。自分の言葉を聞いてくれる人を増やした方がいい。

 

 

だからむしろ持つべきなのは「言葉を使う機会を増やす意識」かもしれないですね。

言葉をしっかり交わせる相手がどんどん身近に見つかるのが理想的です。

そうすれば日常で言葉を交わせる頻度がぐんと高まりますもんね。

場数がものを言うってほんとです。慣れてる、って強いんです。

 

 

すごく私の個人的な感覚でだと、2、3日に1回はそういう機会がないともやもやします。訓練の意識のおかげか、言葉は結構たまるようになってきたんですが、それを出せる機会がないともったいないような気持ちになる。

別に真面目な内容とは限らないんですが、そういう時話したくなる人が何人かいます。

その方たちは絶対に「自動的共感」を作動させない人達で、むしろ私の言葉で理解できないことを徹底的に追及してくる。答えに窮することもしばしば。すごく貴重な方々です。

 

 

言葉の訓練の視点から考えると、(もちろんそれだけじゃないけど、)理想的な環境だなあ、と有難い限り。自分にとってのこんな存在を増やそうとしていくのが、大事なんじゃないかと思うんです。

 

 

最後に伝えたいこと。

 

ここまで読んで、正直今の私にそんな力必要ない、もしくはそんな力の欠如は感じないって感じる人はいたと思う。 だから高校生にとってすごく身近な例を当ててみたい。

 

 

小論文が書けない。英作文が出来ない。

来る受験においてぶち当たるであろうカベ。

問題はきっと言葉力にあります。

バイトの面接で全然答えられない。いきなり意見を求められて何も答えられない。

いざ大学生になって気づくこと。

これもきっと自分の言葉が足りていないから。

 

 

大学生になったからって別に人との会話は劇的に変化しません。

気を抜いてれば、会話レベルはどんどん落ちていく。

怖いなあ、と思いながら実は大学生の私は日々過ごしてるんです。

流されちゃいけない。今からでも言葉の自己流は保っておかないと。

 

 

もう1つ。

共感力って実はすごいものだと思う。

どれだけ自分の言葉力が向上しても、それに共感をもらえるかはまた別の話。でもどう

せならこの段階を目指したい。「共にできる感情を持たせる力」ってすごいことじゃな

いですか?最早1つの技能になると思う。

それは人間関係においても、きっと将来のお仕事でも。

訓練にゴールは作るべきじゃないけど、目標にするなら絶対これ!とお伝えしたい。

 

 

 

最後の最後に、ほんとに余談なんですが、

私の冒頭のお話にはオチがあって。

 

中学生ぐらいの頃にある本でこんなフレーズを読んだんです。

 

「世の中にはね、書ける側の人間と書けない側の人間がいるんだよ。僕はね、その書けない側の人間なんだ。」

 

ああ、と腑に落ちて。

そうか私書けない側の人間だったんだ。だから書けないのか仕方ない。

 

でもその何年後に今、このような機会を頂いて文章を書かせてもらってます。

まだまだ至らないところがあるのは重々承知なんですが、

それでも自分の言葉で書いてるなあ、っていう実感はあるんです。

 

認識がちょこーっと変わりました。

書ける側の人間ではないかもしれないけど、書けないわけじゃない!

というよりか、訓練次第で書ける側に近寄っていける可能性はあるんじゃないかって思ったんですね。

ああ、怠らないで毎日言葉を使おうって改めて思います。

 

自分の言葉を、自分の表現を、増やすために私もまだまだ精進したいと思います。

 

 

これまで見た珍しい苗字を挙げてみながら夏休みの旅行先を決めてみる

意外と由来があるから面白いんですよね、珍しい苗字。

 

 

 

例えば「月見里」。これで「やまなし」と読みます。

近くが平原で山が無いからお月様がキレイに見えていた土地に住んでいた、という意味です。たったの漢字三文字にこんなにロマンチックな意味が隠されている、その背景を慮るのはちょっとした歴史めぐりそのもの。

 

 

もう一つ、わたしの知り合いに「三鬼」という方がいます。

読み方はそのまま「みき」なのですが、その方の出身は和歌山県。「鬼」に「海賊」の意味合いが含まれており、調べてみると今の和歌山に勢力を置いていた熊野水軍に縁があったそうです。

 

 

そこで珍しい苗字を見ていきながら、今年の夏休みの旅行先がまだ決まっていない人向けにアシストしていこうと思います。

 

 

 

 

・朱雀(京都)

「朱雀」の画像検索結果

 今は65くらいの年齢だと思うのですが、以前の会社の上司にいました。その時でも身長は180㎝近くあって学生時代に空手か合気道でかなりブイブイいわせていたらしく、今でも大学のOB会では一同が「押忍‼」と、それはそれはきれいな挨拶をするそうです。

性格もかなりやんちゃだったようで、よく後輩にビニール傘を持たせて会社の4階から「風に乗って飛んでみろよ」と言っていたそうです。

 

その方は東京出身なのですが、親戚は京都に多いようです。余談だけど、「京都生まれ」って「東京生まれ」より100倍かっこいい気がするのはなぜだろう?

 

 

今の時期だと鴨川沿いのお店で夕涼みをしながらビールを飲むとたまらなそうですよねー「鴨川」の画像検索結果

 

 

・〆(熊本)

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「しめ」と読みます。剣道ですごい強い人が熊本にいまして、その方の名前がこちら。高校生の時にこちらの方が大将で活躍されているのを見かけましたが、まさにチームを勝ちで締めくくる実力者でした。

 

熊本と言えば白川水源を思い出します。ふだん都心部にいると小川のせせらぎなどを聞きたくなりませんか?熊本は日本でも有数の水源地と認定されているみたいで、そんなに知らないで行ったので今は少し後悔してます。

 

 

そのあとは熊本駅付近で馬刺しに焼酎!みたいな。

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・次郎丸(宮城)

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以前の記事で書きました、YAMADA電気にいらしたパソコンのことを教えてくれた店員さんです。名前が強烈なのに見た目がそう感じさせないギャップがグッド。

 

このサイトによると「次郎丸」は福岡に多いそうなのですが、わたしがお会いした方は宮城出身でした。

myoji-yurai.net

 

 

じつは、宮城県は日本三大瀑布と言われる秋保大滝(あきうおおたき)があります。

なんと、落差55メートルの滝の近くまで行けるようになっているため、行くと服とメガネが適度にビチャビチャになり、天然のスプラッシュマウンテンを味わうことができます。ちなみに、「うさぎどん」はいませんでした。

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宮城ならなんと言っても牛タンですね!今年のゴールデンウィークに大学の時の友人に会いに行ったのですが二人で牛タンを30枚くらい食ってやりました!

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・神山(埼玉)

「神山」の画像検索結果

読み方シリーズ。これで「かみやま」ではなく「こうやま」と読みます。学校の出席簿で先生たちはさぞ困惑したと思います。

 

埼玉と言えば秩父。土屋太鳳ちゃんがCMをやっているので、彼女に魅力をPRしてもらいましょう。

youtu.be

 

 

 

 

 

思った以上に記事作りがおもしろかったので、このシリーズ今度もやりたいな、と思います。

 

 

京都に行きたい!

 

 

 

全日本人がコミュニケーションスキルを標準装備された社会を作りたい

いまの40~50代の方が対象だったのでしょうか。例えば部活動でも「水は飲むな、根性が付かない!」という理屈が成立していた時代だったことは伺っております。

 

当時は科学的な根拠、という考え方も浸透していなかったと思いますし、部活動の顧問が「カラスは白い」と言えばその通りに倣うので「なぜ水を飲んではいけないんだ?」と思うこそすれど、意見として出す人は皆無だったのではないでしょうか。

 

つまり、情報が少ないので意思決定に必要な情報材料など不要だった時代なのだと思います。

 

 

現代はいくらでも情報が手に入ることで「選ぶ自由」が生まれました。これにより、知識を身に付けることも以前と比べて容易になったと思います。以前は冷蔵庫を買いに行くにしても製品が多くあるわけではなく、多機能に富んでいるわけでもないので、買い手も商品を選ぶ苦労はなかったことでしょう。

 

いっぽうで現在、車一つ取っても製品は星の数ほどありますし、軽自動車やらUVカットガラスやらキャンピングカーに変身できる軽自動車やら、と買い手は数ある商品から「この商品を選んでよかった」と思えること、決定に自分自身を納得させる必要があります。

 

現代の営業マンは車の性能の説明はしてくれますが、買い手がその車を買う理由までは説明してくれません。わたしは、今の時代で買い物をする際に重要なのは、ひょっとすると製品の性能より買い手が納得できるか、の一点が非常に重要だと考えております。

 

 

であれば、売り手も売り方を人の心情に働きかける方法に変わらなければなりません。しかし、これまでその能力を求められてこず、ましてコミュニケーション能力は、とても複雑でありながら本人の感性に習得を任されている現状であり、コミュニケーションのプロが不在であることを意味します。このままでは冗談抜きで「ペッパー君」が商品の説明をするのと大差はないのかもしれません。

 

現代はコミュニケーションの一方通行が横行している社会と言えるのではないでしょうか。

 

 

わたしは、全日本人がコミュニケーションスキルを標準装備された社会が実現できれば、人はもっと新しい発見を得られます。強烈に良いモノは、人に教えてしまいたくなってしまうのが人間です。その輪が大きくなれば、多くの人が物事の価値を適切に伝えられるようになり、納得のいく人生を過ごすことが出来ると信じております。

 

 

そうして、コミュニケーションが相互に行き交う社会になるために、わたしはできることを始めていきたいと思います。

 

逆に聞きたい あなたが専業主婦(夫)を選んだ理由

うちの妻が少しやばそうだ。

 

妻は現在27歳、新卒で現在勤めている会社に入社して5年目になる。

 

仕事内容が合わないのか、それとも過度なストレスが苦手なのか、一度体調を壊して半年間休職をしていた。 

 

そして最近復職。仕事のペースがゆっくりな部署へ異動になったのだが、変わらず休職者が後を絶たないため妻に仕事の負担が増えた。

 

 

正直、労働条件はかなり良い。給与に始まり賞与や育休、退職金まで少なくともわたしの会社にはないものがたくさんあるのだが、妻を見ているとそんなものはどうでもいいと思うくらい日に日に滅入っている妻を見ている。

 

 

世の中には得手不得手があるわけで、妻には得手の中で精一杯頑張ってもらいたいと思う。ならば、世帯年収が半分になってでも、妻にパートをしながら専業をお願いすることもひとつなのかな、と考えている。

 

言わずもがな、その決断はかなりの勇気がいる。結果的に生活が苦しくなるが、身体には変えられない。

 

 

共働きだった世帯が意を決して、1馬力になった。その選択をした理由を知りたい、と思う帰りの電車の中。

 

大学受験の文理選択はが受験の出来を左右する1つの理由

 

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さてこちらの記事でお伝えしたように、結局のところ、基礎の積み重ねがないと受験はもちろん、学校の授業についていくのも難しいです。

 

 

数学はその最たる例で、数学ほど小学校のころからの積み重ねを求められる科目はありません。「高校から心機一転して、大学受験の花咲かせたい!」と意気込んでも、高校受験からではわからない→めんどくさくなる→勉強が嫌いになる→学力が上がらない→のスパイラル必至です。

 

 

ということで今回の結論

・理系を選ぶ場合は理系学部でないと本当にできないのか調べること。

・もしくは数学が偏差値の目安として60前後あること。

 

 

これは学年問わずです。

一般的に言われる〝良い大学〟や〝良い就職〟が目的ならば別の選択肢もあります。数学をやりたい、ということなら多少規模の大きい大学に行けば、文系でも数学は学べます。意外と知られていませんが、文系でもシステムエンジニアになっている人はいます。

 

 

建築に関わりたい・新素材を開発したいなど、理系ど真ん中の学問を大学で学びたい、という気持ちを第一に持つことが大事です。

 

 

 

「好き」の軸だけで考えた場合の大誤算

持論ですが、勉強は苦にならないように自分を仕向けていくことが大切です。

 

受験には、どーやっても一定の成績以上に上がらない時期が必ず訪れます。その乗り越え方は、

・苦行だけど我慢をしてやるべきことを信じてやること
・この科目が好きだから点数が上がらなくてもそんなに気にならない状態にしておくことです。

 

 

なんですが、やはり勉強は「本番までに間に合うか」です。どんなに好きとはいえ、高校2年生が高1の数学からやり直しをする→殆どが中学生の数学からのやり直しである場合が多い→ということは…お察しの通りです。

 

 

私自身、毎日入会希望者の高校生と面談をしますが、なんとなく理系に進みたい高1・2生には「数学が高校生になって受ける模試で偏差値60前後を取れているかもしくは●ヶ月後の模試で取れるのかを基準に考えて」と話しています。

 

受験するテストによって偏差値の測り方が異なるので、私の会社の基準で言うと、やはり模試で60は欲しいですね。偏差値の考え方については別の機会に口述しますが、偏差値60が「基礎が大まかにできている人の学力」とお考えください。

 

国語、特に「現代文が苦手だから理系を選ぶ」も同様に危険な選択肢です。

 

 

このパターンで理系を希望した生徒はどこかで英語に躓きやすいです。志望校の難易度が上がってくると、単純に単語などが難しいだけでなく、日本語に変換することが難しくなります。3年の秋ごろの理系生徒が、単語がわかって訳し方もわかるけど、それを日本語でどう表現すればよいのかがわからない、という悩みは、あるあるの一つです。

 

 

 

逆もしかり ~文系選択の方法~

なんなら、現代文はこれまでの積み重ねが多少無くても挽回は可能です。

 

 

ポイントを抑えて正しく学習を進めれば、短期間で爆発的に点数が伸びてもなんら不思議ではない科目です。

 

 

これまでお会いした高校生の中に、「文化に時代の背景が反映されているから文学を学ぶことが好き」だけど、肝心な現代文が出来ないし、覚えることが苦手だから理系を考えている、という生徒がいました。

 

 

この考え方は早計ですし、数学にしても偏差値60までは暗記科目です。国語が苦手だから理系に流れた、という話も聞きますが、そんな場合にはぜひ、近くの受験に詳しい方に相談をしてみてください。

 

 

 

まとめ

・消去法の文理選択は危険。

・好きなことやりたいことを前提として、苦手科目はどうすれば苦手を克服できるようになるかの計画を受験に詳しい人に相談してみる。

・理系受験は学習する内容が膨大過ぎるので、現状の学力も大事

 

の解釈でOKです

 

 

1番やりたい仕事は【引継】

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私が勤めている某学習塾は、決算が5月なので、6月が期首にあたります。

すると、5月はちょろちょろと異動がある時期であり、私も今回は異動の対象となったため、準備を進めていました。

 

異動のための準備ということは引き継ぎ書の作成になるのですが、実はこれがお気に入りの仕事。

 

これを読んでいる、そう、そこのメガネをかけているあなたとかけていない方。

つい後回しにして異動直前に残業盛り盛りで行う引き継ぎ書の作成を好きなってもらいたいと思って、今回書いてみました。

 

 

私の仕事の場合、メイン顧客となる高校生と毎日顔を合わせます。もちろん、高校生は

学力を上げたいから塾に来ているので、自然と相談事もディープになることが多く関係性もそれだけのものになります。

 

余談ですが、3年生の秋ごろは、1週間で女の子10人くらいに泣きながら相談されることもありました。

 

しかし、そんなタイミングは自分を変える良い機会となり、その都度学習方針を共有し

合うので、実は生徒によってカリキュラムが細かく異なります。ここに、その担当者の

意志がでることが多い。

 

 

その足跡を引き継ぎ書として作成するのですが、この瞬間が好き。

 

われわれの仕事って、受験知識がなくてもわかりやすい変化を提供するのが仕事ですが

その前に勉強は細かな変化をキャッチすることも非常に重要。なので、自然と生徒を観ることが求められる仕事。

 

この生徒は控えめな性格だから大目標の第一志望校の話をしても「わたしにはできない」となって萎縮してしまうので、小さな目標をコツコツクリアするような指導方針で接して欲しい、など書ける生徒はどこまでも書くことが出来る。これは、仕事の成果と考えてよいと思ってます。

 

ですが、日々忙殺されてしまうとそういう変化って覚えていなかったりして、焦りばっかり生まれることが多いな、と感じます。だから、日記の感覚で日ごろから生徒の変化を記入しておくと、相手も自分も状況がわかりやすくなるな、っと気付いてからは、ちょっと改編すれば引き継ぎ書になるような日記をつけています。

 

 

逆に、日記に全く名前が現れてこない生徒も、恥ずかしながらいるんです。ここは何も出来ていない生徒ということで早急に知りに行くことが大事。

 

 

 

 

 

 

営業は、入金されるまでが仕事ですが、それ以前に顧客との関係の作り方などが大きな要因となることも多いはずです。これを会社が評価してくれるかと言えば、それは難しいというのはわかるのですがね…。

 

ならばせめて、自分が自分をほめてあげたい。謙虚ではなく、自分の尊厳を認めてあげて欲しい。

 

 

あなたが取引先のこんな情報を知っていたからこそ、こんな提案ができたじゃないか。

あなたが文章に表現できたからこそ、今後もそんな提案ができるのだ。

 

 

あなたが謝罪に向かった時、取引先が怒って本音をぶつけてくれたらこそ、その人の信念が見えたじゃないか。

あなたが文章に表現できたからこそ、今後はエッジの利いた提案ができた。

 

 

 

 

 

仕事はここで一区切りとなります。しかし、築いた想いは文字となって残る。異動先の引き継ぎを見て、前任の方と生徒の意志を余すことなく汲み取れる人間になりたいと思う、今日この頃…。