コミュの仕立て屋さん ~表現のお直し 承ります~

「ナイス表現!」とかを拾っていったり考えたりするブログ

はじめに

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いまの40~50代の方が対象だったのでしょうか。例えば部活動でも「水は飲むな、根性が付かない!」という理屈が成立していた時代だったことは伺っております。

 

当時は科学的な根拠、という考え方も浸透していなかったと思いますし、部活動の顧問が「カラスは白い!」と言えばその通りに倣うので「なぜ水を飲んではいけないんだ?」と思うこそすれど、その通りなのだと自分に言い聞かせるので、意見として声を出す人は皆無だったのではないかと思います。

 

 

つまり、少ない情報の中から意志決定を行うことで当然だったので、以前は現代ほど何かを決めるために情報が不可欠ではなかった時代なのだと思います。

 

 

現代のコミュニケーションには「理解」が必要

現在はいくらでも情報が手に入ることで「選べる自由」が生まれました。これにより、知識を身に付けることも以前と比べて容易になったと思います。

 

いっぽうで現在、車一つ取っても製品は以前と比べて星の数ほどありますし、軽自動車やらUVカットガラスやらキャンピングカーに変身できる軽自動車やら、と買い手は数ある商品から「この商品を選んでよかった」と思えること、決定に自分自身を納得させる必要があります。

 

現代の営業マンはそこを満たす説明が欠かせません。しかし、車の性能の説明はしてくれますが、買い手がその車を買う理由までは説明してくれません。わたしは、今の時代で買い物をする際に重要なのは、ひょっとすると製品の性能より買い手が納得できるか、の一点が非常に重要だと考えております。

 

 

であれば、売り手も人の心情に働きかける売り方を意識しなければなりません。しかし、これまでその能力を求められてこず、ましてコミュニケーション能力は、とても複雑でありながら本人の感性に習得を任されているのが現状です。学校教育で表現に関する技術を体型立てて教えてもらった、かと言えばそうではなく作文で文章表現の練習をするに留まるかもしれません。

 

 

物事の価値を適切に伝えたい、自分の感情を他者に伝えたいと思っているのに誰も適切に教えることが出来ない。そのために上手く伝えることが出来ないで苦労をしている人は多いのではないでしょうか?わたしは、この状況をコミュニケーションが一方通行している社会と考えております。

 

 

 

このままでは冗談抜きで「ペッパー君」が営業マンになっても大差はないのかもしれません。現代はコミュニケーションの一方通行が横行している社会と言えるのではないでしょうか。

 

 

わたしは表現の交通整理をしていきたい

この立場になることで、伝えることや表現に関して考える機会を提供して、表現が双方向に行き交う社会を作りたいと思い、出来ることから始めていきます。

 

自分の魅力の伝え方を知っている学生は本当に好きな人を見極め、伝えることが出来る。

 

本当に自分が美味しいと思ったラーメンをブログで多くの人に美味しそうに伝えることが出来る。

 

 

 

人は強烈に「良い」と思った物事は、教えてしまいたくなってしまうのが性です。その感動が大きくなれば、感動が感動を伝播し続けていく社会になることを願っています。